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中国という国は、外側から見れば、ものすごい勢いで変化・進化している怪物のように思われます。実際、GDPは世界ランキング4位ですし、中国の富豪ランキングでは、2005年から2006年にかけて、お金持ちトップランキング400人(2005年)/500人(2006年)の最低資産額が、5億元から8億元(約120億元)に引き上げられたということです(「R25」2007/2/02〜2/08より)。
長い間底辺を彷徨っていた日本の景気が久しぶりに回復の兆しを見せたのは、急速な発展を遂げる中国において、建設機械や鉄鋼に対する需要が増えたことがきっかけです。2008年の北京オリンピックに向けて、この成長熱は頂点に達するでしょう。
街へ行けば、超市(スーパー)では、日本と同レベルの品種・品数をカバーしていますし、物価は北京で日本の約1/3、家電等の価格は日本と同額、10年前はちょっとした贅沢であったマックやケンタッキーは、いまやおじさんひとりでもふらっと立ち寄るぐらい当たり前のものとなりました。携帯は誰でも持っていますし、都市の若い女性のファッションは、日本女性と大差がなくなってきています。
こんなふうに眺めていきますと、私たちの目には、中国の発展・成長しか映りません。けれども、果たして中国の発展は本物でしょうか。
中国では、一気に富豪に上り詰めることも可能ですが、一気に転落する可能性もあります。昨日の大富豪は、今日の乞食かもしれないのです。また、お金持ちと庶民、都市と農村の格差問題は有名なところです。失業は非常に深刻で、新卒失業者が100万人と言われる中国では、例えば、企業に雇用契約を求めると、「きみは明日から来なくていいから」と言われてしまうそうです。大学院を出ても、MBAと取っても職がないというのが現実なのです。
急速な発展の陰で、健康保険も失業保険などの社会保障というものが圧倒的に立ち遅れています。医者や病院のミスで死に至らされ、その事実がもみ消されてしまう患者の数は、日本の比ではありません。
また、北京オリンピックに伴い、胡同(フートン:長屋形式の庶民の住宅)を取り壊すべく、もう何年も前からたくさんの人が立ち退きを言渡されていますが、それがいつになるのかも定かではなく、また、立ち退きのための保障は微々たるものだということです。街中にある胡同と同じ地域に住もうと思えば、1,500万円ほどかかると言われています。
都市近郊の農村では、開発に反対した住民が、暴動鎮圧と称して国によって消されてしまうという、天安門事件を髣髴させるような恐ろしい事件もあります。
日本では、どの駅でも新品に近い自転車がずらっと並んでいる光景を目にしますが、中国では、かなりくたびれた中古自転車にしか乗らないのは、新品だと、何度買い換えても盗まれしまうからです。
確かに、女性のファッションは洗練され、華やかになりました。けれども、例えば、昔からある中国式の仕切りのないトイレで、服を直す際に、流行を身にまとった外見とは裏腹に、彼女たちの穴が開いて薄汚れた下着が見えてしまったとき、私たちは軽い衝撃を受けるとともに、豊かであるということの本当の意味を考えさせられるはずです。
日本では、中国のような大富豪もほとんどいない代わりに、目を背けなければいけないと思わせるような粗末な下着を身につけている人も少ないですし、60代ですっかり老齢になってしまう中国に対して、日本のシルバー世代の女性がこんなにもファッショナブルで活動的であることは、なにを表しているのでしょうか。それこそが、日本経済の底力であり、成熟した豊かさであり、余裕の象徴なのです。
このように、中国を見るときは、外面だけではなく、その内面に隠された現実を冷静に見つめていく必要があります。社会的な歪の非常に大きい国ですし、北京オリンピックとともにバブルがはじけるだろう、とシビアな見方をする人もあります。
中国が、日本のように長期的で安定した本物の豊かさや経済的な体力を身につけるのは、まだまだ遠い先のことでしょう。
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