TEA TIME

北京レポート

第1回 / 再会

オンナ行政書士・まりつの中国ビシネス(?)ずっこけ奮戦記(1999年1月)

10日の早朝、確か6時半頃家を出たのですが、深夜、もう10日になってから人に会い、その後出発3時間前からようやく荷物の準備を始めるという、 はちゃめちゃにしてぐうたらな加藤でした。ですから、その日は寝ていません。 「飛行機の中で眠ればいいんだから、ま、いいかー。」

当初、荷物はボストンバックひとつ、とスマートにいくつもりだったのですが、いろいろ事情が変わり、結局大きな スーツケースとボストン、 仕事かばん、ポーチという悲惨ないでたちで出発いたしました。

南浦和の駅まではよかったのです。父に送ってもらいましたし、上りはエレベーターがあります。階段を降りる方 は何とかなります。加藤、ちびですが、 力と体力には自信がありますから。ところが! 日暮里からスカイライナーで成田へ行くその 乗り換え時、何とエレベーターがない!!ではありませ んか・・・。 加藤は腰がくだけそうになりました。息はぜーぜー、真冬 の早朝だというのに汗までかいて、世間から見れば「この 人、せっかく海外へ行くみたいなのに、 何でこんなに鼻を鳴らして恐い顔してんのかしら」状態、まったく滑稽だった と思います。

それに何せ徹夜でしたので、眠くて、日暮里駅でも、第2 ターミナル駅でも、あやうく乗り過ごすところでした。

なるべく平静を装い重い荷物を引きずり引きずり、やっと 成田に到着。ちゃんと出発2時間以上前でした。

その後の手続は、2年2ヶ月ぶりとはいえ、成田は慣れている(つもりな)のでスムーズにいきました。でも、申請取次の資格を持ってから初めてでしたので、 IMMIGRATION ・・・出国審査ではちょっと緊張しましたし、以前とは違った感覚で受けとめました。

搭乗口の番号と時間を確認し、免税店へレッツゴー! 北京行きのJALは一番近い搭乗口なので、ひどいときは 出発5分前までウロウロしているのですが、 今回は「仕事」という緊張感からか、さすがの私も15分前には搭乗体勢に入りました。 免税店でも、やはり緊張であまりお買い物の気分になれず、 お金もありませんし、 最低限のおみやげだけにしました。

再会?

JL781便に乗り込み、さて、私の席はどこかな〜・・・ と 入口のところできょろきょろしていると、「加藤さん!」と私を呼ぶ女性の声・・・! ドキッ!えっ、私!? はて、 こんなところで誰かに呼ばれるはずもないんだけどな、私何か いけないことでもしたっけ?と、日頃行いの悪い私は一瞬 我が身を疑い、懸命に過去を探る・・・。

「加藤さん!」「あ〜、Yさん!」 彼女は、以前MLでも書かせていただきましたが、12月 に知り合いになった国際協力事業団(JICA)の中国語の通訳の方でした。

「加藤さん、どうしたの!? 旅行?」 私の方は、彼女がこの便に乗っているのはお仕事でという察しが簡単につきますが、彼女の方はびっくりした ようでした。 「いいえ、あの、私も一応仕事で・・・」 立派な彼女の前では「仕事」というのも何となく気が引けて、もじもじしてしまいした。 「ひとりで!?」うなずくと、「すごーい! すごい行動力!」と目をまんまるくされていました。 (良く言えば「すごい行動力」ともとれるかもしれませんが、悪く言えば「単なる無鉄砲」ですよね。) 彼女の方は他に二、三人の方と一緒でした。

それから私たちはお互いの予定を少しばかり話し、今月末に帰国する彼女を待って、2月に報告をし合うことになりました。

「こんなところで、北京行きの飛行機でYさんにお会いできるなんて、何だかいいことがありそうです。」と申しあげました。本当にそんな予感がしました。

成田〜北京は行きは4時間、帰りは3時間、あっという 間です。 離着陸のときはシートベルトをしめて、ちょっと緊張する こと各30分、あとはジュースを飲んで、食事をして、機内販売のカタログをパラパラとめくり、トイレに2度ほど 行けば、すぐに着いてしまい、あまりゆっくり眠る時間もないほどです。

「チキンになさいますか、ビーフになさいますか。」 お肉の苦手な私にとっては、「どっちもいやです」と大人げないことを言うわけにもいかず、機内食はあまり嬉しいものではありません。 でも、この日のデザートの柑橘粒入りゼリー(寒天?)はおいしかったです。

感動の再会のはずが・・・

予定時刻午後1時40分(日本時間2時40分)に遅れること約20分、無事、北京首都空港に到着。 北京はいつもどんよりとしていますが、この日もそうでした。 2年2ヶ月ぶりの北京・・・。生まれて初めて中国の地を 踏みしめたときは感動で震えましたが、でも今回は、特 に嬉しいという感情がわいてきません。 空港の歓迎の垂れ幕などを読んで、あー、こういうふう に言うのか・・・というぐらいでした。

でも、久しぶりの再会がそこで待っていると思うと、 ちょっとそわそわうきうきしてきました。 到着ロビーに出て、感動の対面のはずが、あれ、私を 迎えに来てくれているはずの「お兄さん」がいない。 ちょっと、私の中国のお兄ちゃん! どうしていないの!? すると、反対の出口の方から彼がやって来ました。 「ニイハオ、ニイハオ」とニコニコしながら、「僕は君が歩いてくる真ん前にいたのに、君はちっとも気がつかないんだもの。」 「哥(ガ: お兄さん =哥哥)! 私のクセ知らなかった? 右と左があったら、私は必ず自分の左手側に行くの。 だからこっちの出口に決まっているのにな。それより、 やっぱりちょっと太ったネ。だって、その分お目々が小さく見えるヨ。」

24ヶ月ぶりの感動の対面はどこへやら、1ヶ月ぶりの 対面といった感じです。 駐車場へ出て、暖かいのにびっくり。さぞ寒いでしょう と覚悟してきたのに、何だか拍子抜けです。コートも いらないくらいです。 「な〜んだ、全然寒くない。」「今日は北京はあったかいんだよ。」

荷物を車に積んでくれ、「さあ、麻里子(まりつ)、乗って。」と言って、「はい、これ。」と彼が私に手渡したもの。それは、私の大好きなチョコレートと、ヨーグルト でした。 以前、滞在していた頃、悲しいとき、苦しいとき、彼は チョコレートを私に買ってくれ、なぐさめてくれました。 そんな、子どもにするようなやさしさが、私は好きでし た。

変らないもの

車の中では、毎日ヨーグルトを飲んでいました。(中国のヨーグルトは、ヨーグルトと飲むヨーグルトの間のような感じで、ストローがついています。とてもおいしいです。)VOLVOの中は、いつも私の飲んだヨーグルトの 空がいくつも転がっていました。(もちろん、後でまとめて捨てますヨ。でも、それにしても日本ではこんなことはしません。でも、中国に住んでいると、なぜかすごく 自由で、お行儀悪くなりたい気分になってしまうのです。小さなことは気にならないのです。街を歩きながら ジュースを飲むことも、北京では自然です。)

「お兄さん家族」とVOLVOと

「お兄さん家族」とVOLVOと

街の風景は変わっても、私の好きなものを覚えていてくれ、それを携え私を出迎えてくれる彼の素朴なやさ しさは変わっていませんでした。

いつも私を助けてくれた愛しのVOLVOも、私のことを 覚えていてくれたようです。

でも、外を眺めても、いくら感激しようと思っても、特に熱いものはこみあげてきません。努めて感動しようと したのですが、そうならないのです。私はそんなに淡白な、冷めた人間になってしまったのだろうか、と一瞬思いましたが、ひとつは、おそらく仕事で来たからなのでしょう。何とかやりとげなければ、無駄に終わらせない ようにしなければ、という緊張と不安、プレッシャーが そうさせたのだと思います。 ひとつは、北京は私にとって特別なものでありながらも、 最も自然でいられる土地なので、北京にいる自分に馴染みがあり、特別なことではないという感覚があるからだと思います。

「まりつは何だか変わったね。あんまり笑わないんだね。 前は、もっといたずらな感じで、子どもっぽかったよ。」 「(いたずらも何も、私、前だって立派に大人だったんだ けどなあ、と思いつつ)私は前と同じよ。何も変わってないよ。でも、今回は「仕事」で来たから、子どもでいるわけにはいかないの。緊張していてその余裕がないだけだと思う。」 彼には申し訳ないと思いましたが、普段はおちゃらけている私ですが、やはり目の前に広がる自分の責務に押 しつぶされそうで、冷めた表情しかできませんでした。

つづく