TEA TIME

北京レポート

第3回 / 胡同のある風景

オンナ行政書士・まりつの中国ビシネス(?)ずっこけ奮戦記(1999年1月)

北京明宮ホテルの部屋

北京明宮ホテルの部屋

彼の家へ向かう途中、円⇒元への両替のため別の 大きなホテルへ行きました。「北京明宮ホテル」は小さいためか、外国人客はあまり一般的ではないため か、両替はできません。

細い路地に、車が入っていきます。 彼と彼の家族の家は北京の伝統、古きよき「胡同 (フートン: 中庭を囲んで造られた長屋のような家)」 の一角です。 私は、この胡同のある光景が大好きです。素朴で温かい生命の営みが感じられるからです。「なつかしい」と感じられるからです。 この光景に馴染めるかどうかは、本当に中国を好きになれるかどうかの判断基準にもなると思います。

久しぶりの彼の家、彼の家族。 奥さん(私の哥哥の妻 =私の姐姐(ジエジエ: お姉さん) ということになります)と息子の飛飛(フェイフェイ: 愛称)が歓迎してくれます。かわらない、なつかしい笑顔です。

(中国ではご存知のように夫と妻は姓が違います。 子どもは父親の姓を継ぎます。そして、人を呼ぶとき、姓1文字+名1文字でしたら、調子を整えるために フルネームで呼びます。名が2文字でもフルネームで 呼ぶことも多いようです。おもしろいですよね。 たとえば、姐姐は彼女の夫をフルネームで「王 海生 (ワン・ハイシャン)」と呼んでいます。息子のことは「王 雪飛(ワン・シュエフェイ)」と呼ぶこともあるようですが、たいていは「雪飛」か「飛飛」と呼んでいます。 私の場合は姓2文字+名3文字ですから、名をそのまま「まりつ」と呼ばれます。)

小さな胡同の幸せ

入口の戸を開けると台所、そこには飛飛のベッドもあります。そして奥に一部屋という小さなお家ですが、 ばらの花模様の壁紙とおそろいのカーテン、よく整理されていて(まさに収納のお手本で、自分のを思い出していつも恥ずかしくなってしまいます)、インテリア雑誌に載ってもいいくらい気持ちのいい、居心地の良い家なのです。

飛飛のベッドに荷物を広げて、めいめいにおみやげを渡します。

姐姐には成田の免税店で買った「肌が美しくなるセット(ポーチつき)」。

哥哥と飛飛には、色違いのフリースの上着(実は忘れていて、前の晩に近所で買った・・・でも、以前からこの 二人にはこれがいいと思っていたのです)。「飛飛に好 きな方をあげてね( =哥哥は残りの方)。あ、でも、父子で取りかえっこして着てもいいんじゃない? ほら、私も同じの持ってるのよ。これ便利だから、愛用してるの。」「先に僕が選ぶんだよ。飛飛は後でいいの。」と、大人げない飛飛の父。

それから、私の母の作ったマーブルケーキ。「あなたのママによろしく言ってね。こんなにたくさんいいのに・・・。何もいらないのよ。まりつだっていろいろお金 かかるんだから。今度来るときは手ぶらで来てね。」姐姐が私に言います。 みんな嬉しそうでした。でも、心から私を気づかってくれるのです。

「さ、あがって、あがって。」 「でも、私、姐姐のお手伝いしたいんだけど。」 「君は、あとでいっしょに皮を造ればいいよ。」 姐姐は、餃子( =一般的には水餃子)の中身をこしらえています。 「いいから、あなたは休憩してて。」「う〜ん・・・。でも・・・。私のために餃子を作ってくれて いるのだから、そのために彼女の仕事が増えてしまっ て何だか申し訳なくて・・・。」 「いいんだよ。彼女は料理が好きなんだから。君のた めに作ることが嬉しいんだから。」 「そうよ。料理は私の趣味だからかまわないのよ。」 「でもそういう言い方って、哥哥は姐姐にやさしくない よ!」 何となく、彼の彼女に対する思いやりのなさが腹立たしい私でした。 「それなら、哥哥が作ればいいじゃない!」 苦笑するわが中国人兄。 「まりつは餃子を愛してるんでしょ?」とお姉さんの晴れやかな声。「はい。」「だったらまかせて。」

台所では靴ですが、部屋ではスリッパをはきます。たぶん、中国では他の家庭もそうなのだと思います。 「スリッパ」が一般的に売られていますから。 (以前行ったドイツでは、スリッパを苦労して手に入れた思い出があります。)

飛飛が、お茶を入れてくれます。彼らがよく飲むのは、 烏龍茶ではなく、「花茶」です。お茶の葉をコップに入れて、そのままお湯を注ぎます。 初めの頃は、ちょっと苦いそのお茶が苦手で、お兄さんに彼の携帯用ポット(小さい魔法瓶)のを勧められても遠慮していたのですが、何となく飲んでいるうちに慣れて、数ヵ月後にはおいしいと思えるようになったのです。

「あとしばらくしたら、ここは取り壊されると思うよ。」 そうしたら、いわゆる現代的便利集合住宅に移り住むだろうということです。(人口の多い北京は、住宅事情 がたいへん厳しいです。)「ここはほんとに狭いでしょ。だから恥ずかしい。泊まってもらいたいんだけど、君には不自由すぎると思う。ご めんね。今度、新しい家になったら、まりつが泊まる部屋もあるから。そしたら、北京に来るときはホテルに泊まる必要なんかないんだよ。」

「公安(警察)に見つかったらは?」(中国では、外人は ホテルに宿泊することになっています) 「そういう住宅だったら、人の出入りも多いし、大丈夫だよ。」 ・・・いいかげんだなあ。 「その広い新しい家に住むことはきっと喜ばしいことなんでしょうけど、でも、私はこの家がいい。ここがなくなっちゃうなんて、寂しすぎる。私、この家が大好きなのに・・・。」 ばらの花模様の可愛い家の住人たちは、みなやさしく笑います。

台所に水道はあっても、お湯も洗い場もありません。手を洗うのにも、ホーローの洗面器に水と沸かした熱湯をたして、「お湯を作る」のです。 洗濯機は前はあったようですが、置き場所がないということで、今はありません。姐姐は、180cm以上もある 父子の服を手で洗うのです。 トイレとシャワーは外、共同です。

確かに不便です。 でもここには、素朴で温かく、生き生きとした、血の通った本当の生活があります。

今の私たちの生活は必要以上に便利で、何だか味気ないものになってしまっている気がします。

フートン電化生活

さて、大きな父と、その父よりさらにひとまわり幅のある 息子がいるだけでいっぱいいっぱいの、そして、その二人 とロマンチックなインテリアがミスマッチなようでいて、案外しっくりいく小さなお部屋なのですが、不便なだけと思ったら大きな誤解です。

電子レンジも、エアコンも、スチーム式暖房も、私の家のより二回りは大きいかというようなテレビ(しかも36チャンネルぐらいあります!)も、飛飛のパソコンもあります。

とどめに、私はそこで初めて知ったのですが、「VCD」(ビデオCD =ビデオカラオケ)なる電気製品があるのです。 日本にもあるのでしょうが、私はその存在を知りませんでした。安価なこと(400元 =約6,000円・・・ただし、中国 の6,000円は日本の60,000円という感覚です)、家族団欒に一役買うことから、北京では一般家庭に普及しているものらしいのです。

このように、今や中国人の生活も一方ではたいへん便利になってきています。

彼の家庭は、おそらく北京の中流、平均であるとのことです。 ですから彼らの生活を見れば、「現代中国都市家庭平均的 生活事情」がわかるわけです。 ただしそれは街の生活であって、地方は全体としてもっと低い収入、生活レベルです。だから、人は大都市に流れ、 その結果人口も集中し、ますます住宅事情が悪化するのです。 何にしても、そのような意味では、都市に生まれただけでたいへんラッキーと言えます。中国ではどこに住むかは 自由ではないからです。

つづく