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北京レポート
北京レポート
第5回/まりつは延ばすよ〜!
オンナ行政書士・まりつの中国ビシネス(?)ずっこけ奮戦記(1999年1月10日〜15日)

こんばんは。加藤麻里子@浦和 です。石田さん、たいへん遅くなってごめんなさい。もう忘れ去られた加藤かもしれません。

言い訳をしますと・・・。

実は仕事が・・・では理由になりませんよね。 とろまりつは、いつも少しずつ書いているのです。 そして、こんなおちゃらけレポートですが、一応 推敲に推敲を重ねて(?)いるのでございます。「街の様子」につきましては(第5話にして今まだ 1日目ですが)、2日目以降に出てまいります。

第5話に入る前に・・・

先ほど夜遊びしてきた折りのこと・・・(?)。「ねえ、Nさん、Nさん(=第4話「普免」で登場の「微妙なお年頃」の代表)。チトー大統領ってどこの人でしたっけ?」おそるおそる聞く加藤。

「チトー? チトーはユーゴの人じゃないの? 」 (さすが「微妙なお年頃」、即座に答えが返ってきます)

「げえーっ!! やっぱり・・・! やっぱりチェコのはずないですよね。そうそう、ユーゴ。自分でも何か違うと思ったんですけど、思い出せなかったの。そばに地図もなかったし、確かめなかったの。あー。」

「それがどうかしたの?」 「どうしよう、また自分のばかさかげんを公に披露してしまった・・・。(実はこうこうしかじかで・・・)」(Nさんの笑い)

「ああー、また自分で『加藤はばかです』って告白しなくちゃいけないんです。きっといまごろ笑い者になってるぅ!」(だって、ちょっと前まで少年少女だった人なら気がつかないでしょうけど、どう考えても「りっぱなおじさん」たちのことはごまかしきれない・・・!)石田さんをはじめ、私に苦笑したであろうはずのまだ見ぬ「心のおじさん」方のお顔が私の脳裏を駆け巡る。(私って、本当に哀れな加藤だなあ。もしかしたら、 あんまりかわいそうで、みんな同情して泣いてくれてるかもしれない・・・)

さ、気をとりなおしてがんばらねば・・・。夢にまでみた水餃子に再会できる場面も、もう間近なのだから。

餃子づくりが始まった
《餃子づくりが始まった》
第5話・・・保存版(?)水餃子レシピ編

思えばこの2年2ヶ月というもの、これを食べたいばかりに北京を想い続けたと言っても過言ではありません! 私の中では、北京と水餃子は同義語です。

(ある国を好きになる場合、その食文化が性に合わないということはありえないと思うのです。食べ物が合うかどうかは、その国と本当に溶け合えるかどうかの重要なポイント、と私はまじめに思っています。)

以前滞在していたときにいっしょに作ったことがあるので、記憶を頼りに自分でも何回か挑戦してみたのですが、どうしてもうまくいきません。

だいたい、粉は薄力粉か強力粉かもわからない(強力粉の袋には用途として「(焼)餃子の皮」とあります が、両方試してみると、どうしても薄力粉の方が本場の感触に近いのです・・・ということは水餃子と焼餃子では、皮に使う粉が違う?)まま作っていたのですから、 いいかげんなものです。

それから、日本のお店で食べる水餃子は、たいてい中国のものとは全然違います。まず、皮の感触が違うのです。適度な厚みと弾力性。とろけるような柔らかさ・・・。 皮は絶対に「プルプル」でなければいけません。この「プルプル感」が命です。純真無垢な「赤ちゃんの耳たぶ」のようにです。(こればかりは「微妙なお年頃の耳たぶ」をもってし ても代用がききません。どんなに純真でも、赤ちゃんを超えることはできないですものねえ。)

「ねえ、哥哥。皮って、たしか「面粉(ミエンフェン)」 を使うんだよね。面粉って、小麦粉? それとも強力粉?」 「小麦粉だよ。」「やっぱり!」 やっとひとつノドのつかえがとれました。 そうだ、よく考えたら辞書を引けば簡単に解決できたんだ、とたったいま気がついた私は、どこまでいっても果てしなくとろい・・・。

「さ、まりつ、皮を作ってごらん。餃子の作り方をマスターするんでしょ?」「そうなの。これも今回北京でぜったいやりたいと 思ってたことのひとつなの。でも私、上手にできないなあ。まずみんなのを見てからにする。いい?」

「じゃあね、よーく見ててごらん。・・・ほら、こうする んだよ。」と初めにお兄さんがお手本を見せてくれます。

中国の北の方では、春節(チュンジエ:旧正月。今年 は2/16)に水餃子(シュイチャオズ)を家族そろって作って食べる習慣がありますし、男の人でも餃子は (皮作りを含めて)たいていできます。お兄さんは右手で麺棒を転がし、左手で皮を回転させながら、実に器用に皮を丸く延ばしていきます。

水餃子の中身はいろいろです。 この日のは、豚挽肉、白菜、韮が主で、あと薬味・味付けとして葱、卵、生姜、塩、味の素、芝麻油(チー マーユ:胡麻油と似ていますが、もっと軽い感じのもので、北京の人はありとあらゆるものにこれをかけます。 日本の醤油感覚だと思います。北京には胡麻油というものはないと思います。日本ではこの芝麻油を見かけることがないように。) などを入れていました。これにエビのすり身を加えることもあります。

これらをいっしょうけんめいこねることはしません。箸で混ぜるだけです。日本の餃子より、タネを初めから塩辛くします。というのは、食べるときに日本では必ず醤油をつけますが、中国では酢に少し醤油の入ったようなものをつけるだけだからです。ラー油は好みによってです。

私は豚肉+白菜というシンプルなタネが好きですが、 餃子屋さんに行くと20〜30種類ぐらいメニューに 並んでいます。 野菜はもちろんのこと、肉の種類も豚・牛・鶏・羊と いろいろなうえ、卵(ゆで卵)とトマトとか、茄子と椎茸 とか、日本人から見たらウソのような、およそ餃子にはミスマッチとしかいいようのない素材と大胆な組み合わせで登場してきます。

それから、餃子は主食です。 ですから、餃子といわゆるごはんをいっしょに食べることはないようです。 餃子と麺をいっしょに食べることもありません。 中国では、餃子は堂々たる主食の地位を確立しているのです。

タネは、材料さえわかれば私にもできます。 問題は皮作りです。

小麦粉に「少量の水」を加えて「適度に」こねます。これを間違えますと、グルテンができてドロドロ・ベタ ベタになってしまいますので注意が必要です。それを、できれば20分ほどねかせます。 適度な硬さと柔らかさ=弾力の感じられれるの理想です。

粘土遊びを思い出し、童心に帰ってクルクルと楽しく棒状に延ばします。 それを、金太郎飴のように、包丁でプツンプツンと切っていきます。 切った後のひとつひとつの大きさは、かなり大きな飴玉 ぐらい(=「小梅ちゃん/小夏ちゃん」の大玉ぐらい)でしょうか。皮は小さめに作りますから、そのくらいで十分なのです。 というのは、茹でることによって膨張するからです。 水餃子のできあがりは、「ほおばり状態で一口サイズ」 がベストです。

ここまでは、試行錯誤の末、すでに日本で学習済みです。

ここからの、一枚一枚皮を延ばすという作業が難しいのです。 無器用な方法でもいいのなら、誰にでもできます。でも、できれば中国人のように、一枚につき2〜3回転、2秒ほどで鮮やかにいきたいものです。この「鮮やかさ」がポイントです。扉のない(ときとして仕切りもまったくない)トイレが 習慣となり、鮮やかな手つきで餃子の皮が作れた ら〜♪、これであなたも立派な中国人。

そしてそのどちらも修行が必要です。(お料理中にトイレを持ち出してすみません。でも、 中国式トイレがなんでもなくなったとき、私もついに 中国人になったわ! と本気で思いました。・・・トイレの話につきましては、後ほどまた出てきます。)

まな板は大きめ、麺棒は短めです。くっつかないように、ときどき小麦粉をまな板の上に振ります。中国兄のワザは、悔しいけれど認めざるをえないくらいみごとです。

「さ、まりつ、わかったでしょ? やってごらん。」

「うーん、いまいちわからない。飛飛、先にやって。」

見てる分には、ああ、ナルホド、と思うのでうが、実際 に自分でするとなるとなかなかうまくいかないので、 躊躇してしまいます。飛飛は、父よりキャリアがない分、ちょっとスピード は落ちますが、やはり器用に作っていきます。 「こうして、こうして・・・。ね、わかった?」 「う〜ん。」

でも、いつまでもやらないで腰抜けと思われてしまう のは日本代表として不本意ですので、さあ、勇気を 出して(?)挑戦です。「あー、まるくならない! ・・・三角になっちゃった。」 ひとつにつき1分ぐらいかけても皮になりません。 麺棒を転がすのが虚しくなってきます。 左右の手の働きがうまくかみ合わないのです。 う〜ん。

「それでいいんだよ。」「上手にできてるじゃない。」

まりつにやらせておいたら、明日の朝になっても食べられないよね・・・きっと心の中ではみんなそう思っているくせに・・・! ほめて励ましてくれるあなたたちはなんて子育て上手。あまりに遅々として進まないわりには疲れだけはいっちょまえのまりつ(空しい手つきだからこそ疲れるのです)に代わって、姐姐がやってくれます。

さすが中国4千年的家庭主婦!! みごとな手つきです! 鮮やかです!

「やっぱり姐姐がだんぜん速いネ!」「そう? 僕だよ。」 息子にも妻にもいろんなことで対抗意識を燃やす幼い哥哥。

「そうだ、この餃子を作ってる場面も写真を撮りたいな。哥、ねえ、撮って撮って!」

私は写真を撮るのが大好きです。 ややこしいカメラは使えませんが。 北京へも、フラッシュつきインスタントカメラ(ダイエー 製SAVING商品)を2本持ってきました。

「みんなで餃子を作ってる自然な感じがいいな。」

「よし、わかった。いい? 撮るよー。はい、笑一笑! (シャオイーシャオ:笑って=私たちが言う「チーズ」の意味)」

「・・・お父さん、フラッシュが光らなかったよ!」「えー、そんなはずないよ。おかしいな。これ、ちゃんと巻けてるの?」「うん、ちゃんとなってるよ。哥哥のやり方が悪いんじゃないの?」「そんなことはないよ。ちゃんとやったよ。」

もう一度やってもフラッシュが光りません。

「お父さん、押し方が悪いんだよ。もっとゆっくり押す んじゃないの? お父さんは早く離しすぎるよ。そうだよね?」と私に同意を求める飛飛。「そうそう。」「そう?」「そうだよ。」「じゃあ、もう一度やってみるか。」

ところが・・・。何度やっても光りません。撮られる方も、空しい笑いに疲れてきてしまいました。

餃子づくりは家族みんなで
《餃子づくりは家族みんなで》

「ちょっと、 哥哥ってば!フィルムがもったいないよ。 2本しか持ってきてないのにぃ。自分は年とったとかもう夢もないとか言ってたけど、ほんとに耄碌しちゃったんじゃないの? 」

飛飛が笑います。

「まりつ! なんてことを言うんだ、この子は! おしりたたかれたいのか? めちゃくちゃ痛いぜ!」(そりゃ痛いでしょ。グローブのような手だもの。)

「いいよ。そんなことしたら、キックしちゃうから!」「まりつの足じゃ届くわけないだろ。」「失礼ね!」

「フフ、彼も年とっちゃったわネ。」姐姐が私に向かってクックと笑って合図します。私は彼女のいかにも可笑しいといった、彼女自身が思いっきり可笑しさを楽しんでいるこの笑い方が大好きです。 こっちまで楽しくなってくるような笑いです。このようにどきどきみんなで一家の主をよってたかっていじめてしまいます。(これがまたとても楽しい日中友好なのです)

よく考えてみれば、そのあと・・・ときどきは光ったの です。そのとき、どうして私たちはちっともカメラを疑わなかったのでしょう?

いけないのは哥哥ではなくて、「中内 功」(正しい漢字に変換されません)だったのに。(※中内 功さんごめんなさい。)

だって、何日かして2本目のカメラになったとき、カメラマンは同じなのにうまくいったのですもの。 ・・・単にカメラが不良品だったのです。そのことに自ら気がついても、人間のできた哥哥はおこりもしないで、「ああ、カメラがダメだったんだヨ。」とニコニコ顔でひとこと言っただけでした。

ごめんなさい、哥哥。40代でお年寄り扱いして。もう決していたしません。 今度は飛飛に「やってごらん。」と言われ、再挑戦 です。 「私は包むから、まりつガンバッテネ。」と姐姐。 でもやっぱりうまくいきません。

「あらあら、まりつは洋服(仕事用のジャケットのままだったので)まっ白にしちゃって。・・・はい、このエプロンをしなさいな。」お姉さんがピンクの、動物のついたエプロンを貸してくれました。

「ありがとう。」

「まりつはまるで子どもだね。」父子が笑います。 エプロンをして腕まくりをして、気合を入れ直します。 ・・・「まりつはどこで力を入れてるの?」 と哥哥。 「どこって? わかんない。」

「貸してごらん。いいかい? こうして、向こうへ転が すときに力を入れるんだよ。いい? 向こうへ行くと きにだよ。そしたら、ほら、簡単に円く広がるだろう?」いわれたとおりにやってみると・・・さすがの無器用で 鈍いまりつでも、あら不思議! オモシロイぐらいに ビヨ〜ン、ビヨ〜ンとリズミカルに延びていくではあり ませんか!

「きゃあ、おもしろいよー。」

そうなのです。こちらへ引くときに自然に力を入れて いたのですが、実は「逆」だったのです。これこそが皮延ばしの極意です。

「それからね、切ったものをこうして初めにある程度掌で円く押して形を整えておくとやりやすいんだよ。」 それらを忠実に守ると、二人が包む速さに何とか追いついていけます。

ああ、なんてうれしい・・・! 北京まで来た甲斐があった。感無量です。

今度は包む方もやってみます。 「日本のやり方でいい?」 「かまわないよ。」 「何でもいいのよ。」

包むときに水は使いません。水なしでしっかりくっつきます。粘り気があるからです。 包み方は、日本の餃子とはちょっと違います。 いろいろな方法があるようです。男と女でも違うようです。 一般的には、あまりひだをつけないのですが、これがまた案外むずかしくて、私はまだ習得していません。次回の課題です。

包んだ餃子はくっつかないように、姐姐が小さな 穴がぐるっと一周あいたアルミ製の円盤のようなものに円く並べていきます。 包み上がったたものを接近させておくと、茹でるときに悲惨です。日本での修行中、私は、せっかく苦労してできあ がった餃子を全部くっつけてしまい、離そうにも離せない「餃子の数珠つなぎ」にしまったことがあります。

全部包み終わりました。 皮もタネもちょうどよくなくなりました。 姐姐ってすごい。

「さあ、茹でてくるわね!」

姐姐が台所へ持って行きます。 飛飛が作業したテーブルの上をかたづけます。 私はテーブルを拭きます。

お母さんのお手伝いをよくする飛飛が、お箸などを持ってきて並べます。

私も台所に行こうとすると、「いいからいいから、君は座ってなさい、お客なんだから。はい、こっち。」とお兄さんが止めるので、勝手もわからずにあんまりうろうろするのもかえって迷惑かなあと思い、言われたように、腰の位置の高い大きなベッドにすわります。足が全然届かなくて、ぷらぷらしてしまいます。

夢にまで見た水餃子を口にすることができるうれしさと緊張、おなかのすいたのとで、もうよだれが出てきそうです。 切ないほどです。飛飛が熱々の水餃子をまず一山運んできました。その透き通ったプルプルの白い山は、幸せの湯気が立っています。水餃子は、大きなお皿やボールに、ドサッとダイナ ミックに盛られます。 茹で上がったあとは、もうくっつきません。

お兄さんはソファ、飛飛はパソコン用の椅子に座ります。

「さ、まりつ、食べてごらん。」

「それはだめよ。姐姐が来るの待ってる。」

私にもまだひとかけらの理性が残っていました。

「日本では、箸をこう置くんでしょ?」 と飛飛。 「うん、そうそう。よく知ってるネ。」 中国では箸を縦にそろえて置きます。中国の箸は菜箸のように長く、そして、先の方もずどんとしていてずん胴です。

どんな高級なレストランへ行っても、それぞれのおか ずが大皿で出てきて、みんなで箸をつついて自分の取り分け皿にとって、あるいはもうそのまま食べます。 それがマナー、習慣です。

私は中国式が好きです。

そして、お客には残すほど出すのが礼儀らしいのです。ですから、残すことは失礼なことではなく、礼儀にかなったことなのです。

外で食べるときも、中国人はやたらと注文します。なのに平気で残します。 でも、これはもったいないと思ってしまいます。 ですから、中国にいると私は必ず太るのです。

姐姐が次の一山を持ってきました。 「さ、食べようか。」「どうして食べなかったの?」「まりつは君を待ってたんだよ。」

「さあ、食べよう。」「いっただきまーす!(日本語)」

威勢のいい私の掛け声にみんなが笑います。

「どういう意味なの?」 と飛飛。

「あのね、食事を作ってくれた人に感謝します、この食事を与えてくれて謝謝(シエシエ:ありがとう)って いうことなの。」

さあー、まりつは食べるよー!!

以下つづく

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