TEA TIME

北京レポート

第13回 / まりつ@中国事情レポだよっ!?

オンナ行政書士・まりつの中国ビシネス(?)ずっこけ奮戦記(1999年1月)

3日目は、朝から国際電話をかけていました。

まりつもまじめに仕事をするときがある

ところが、一応慣れているはずの日本への電話がどうしてもつながりません。受付の女性にいろいろ見てもらって、電話機が壊れているとわかりました。これでは、いくらがんばっても通じないはずです。

日本ででしたら怒りたくなってしまうところですが、中国では、こんなことはしょっちゅうです。ですから、私もさして気になりません・・・いえ、そういうことに慣れてきたのです。電話機を交換してもらい、まず日本へ電話しました。次は天津の会社です。そして、明日天津で会う約束を取り付け、ほっとしたところで、お風呂に入りました。

お風呂から出たとたん、ノックとともに「掃除をしていいですか?」という女性の声。(そ、それはちょっと困りますぅ!)

「あ、あの、いま取り込み中で・・・。ちょっと待ってて・・・はい、お待たせしました。ニイハオ、私、いまお風呂に入ってたの、ごめんなさい。」

「ニイハオ。あなた中国語じょうずなのね。どこで勉強したの?」彼女はにこにこと私に話しかけながら、器用にベッドメーキングをしてくれます。

「勉強はしていないの。前、北京に半年ほどいたので・・・。」暖房がんがん、お風呂あがりほやほやのうえに服を着なくてはいけなかったので、ゆでダコ状態の見苦しいまりつ。

「半年でそれだけ話せるなんてすごいわ。」(えっ、ほんとにぃ〜?。思わずうれしがるまりつ。が、待てよ。ほめられるということは・・・)言葉をほめられるうちはヘタということだと、どこかで読んだことがあります。日本人に「日本語じょうずね」とは言いませんものね。

やーっぱ、まりつはへたなのね。 中国人 =中国語の先生です。

まりつは天性の図々しさで、こういうちょっとした機会もチャンスととらえ、時として用もないのにこちらから話しかけます。間違っても通じなくてもおかまいなしです。笑われてもいいんです。だって(勝手に先生にされた相手には迷惑でしょうが)、私はガイジンという生徒なんですもの。

底抜けの図々しさですが、これがぐうたらまりつが唯一実行している勉強法です。あ〜ぁ、ワタシも早く「ほめられないように」なりたい!

GGが迎えに来てくれました。

C銀行

昨日、日本領事部の部長さんにお聞きしたように、C銀行本店外事部に連絡することにしました。車で街中へ移動し、C銀行本店近くについてから、GGに携帯で話をしてもらいました。

意外なようですが、中国では、日本より早くから携帯電話が普及していたように思います。街中のあちらこちらで携帯をかける人たちのいる光景は、私の印象の中では北京が初めだったような気がするからです。中国では家にある普通の電話も携帯も、料金が同じらしいのです。けれども、確かかかってきた側にも料金がかかるはずです。

そして、中国の携帯はそのまま、国際通話ができます。中国はそういう衛星を打ち上げているからだそうです。ただし、日本との通話は、日本から中国へかけるよりも、中国から日本へかけるほうが高かったように記憶しています。

現在の携帯は、私のいた1996年よりも、コンパクトになったようです。あの頃は、携帯とはいっても、常にバッテリーをつけて話さなくてはいけなくて、けっこう重たかったのです。これがまた、重いわりには非力で、すぐにバテてしまうのです。ですから私は、いつも予備のバッテリーと充電器を持ち歩いていました。

やはり北京の人は北京の人を信用するのでしょうか。GGが初めての企業等に電話をするとき、自分のことを必ず「北京の・・・」と相手に告げます。そして、相手の人も地元独特の接尾語「儿(er)」音の多い北京語を聞いて安心するのか、話がスムーズに進むようなのです。 こんなところから、中国の人脈社会というのはすでに始まっているのでしょうか。

中国銀行預金通帳

中国銀行預金通帳

北京語のもととなっている北京の人の話す言葉は、語尾に「儿(er)」音が多いのが特徴です。特に男の人はそれが顕著だと思います。GGと他の地元の男性同士の会話を聞いていると、ほとんど「らりるれろ」状態です。舌が回りっぱなしです。

でもワタシの夢のひとつは、この儿音を粋にこなして、通の地元北京語を話せるようになることなのです!

ところが、C銀行本店外事部では、私たちの抱える問題については、残念ながら手助けのしようがないという返事でした。それに関しては管轄ではないということなのです。がっかりしてしまいましたが、落ち込んでいるわけにはいきません。

気を取り直して、今度はC銀行北京市分行(支店)に電話をしてみました。GGが交渉してくれた結果、明後日1/14に外事部責任者の人が会ってくれることになりました。 それだけでもとても意義のあることでした。

「できない」は「できる」に通ず

実は、北京へ来る前、同じ問題をC銀行の日本支店に問い合わせても相手にしてもらえなかったのです。

これもまた意外なようですが、社会主義の中国は、一方ではとても融通のきく国です。普通は取り合ってくれないような件でも、ちょっとしたきっかけで友好的に対処してくれることがたびたびあります。

それは、以前滞在していたときに何度も経験し、感じたことです。法律や決まりごとはありますが、必ずその抜け道があるのです。中国ではときとして、「できない」が「できる」に通じるのです。

それは危ない方法で、とか掟を破ってということではありません。

前向きな打開策を受け入れる「懐の広さ」があるとでもいうのでしょうか。そのために大切なのが人脈であり、そして私の感触ではそれ以上に「信用されること」です。

また日本でしたら、例えば企業の社長が、対等な立場にない私のような一般人をまともに相手にしてくれることはないと思いますが、中国ではそれが可能です。仕事も地位も違っていても、たとえいま会ったばかりでも、波長が合う、感性が合う、通じるものがある、という場合、立場を超えて話ができることもあるのです。

表面的なことにはこだわることなく、自然に伝わってくる相手の人間性を重視する・・・こういうところに、中国の大陸的なゆったりとした姿勢が見えます。けれどもそれだけに、中身が大事です。

確かに先進資本主義の国に生きる私たちからすれば、急速な市場開放政策が進められているとはいえ、窮屈さや旧体質のイメージをぬぐうことのできない中国ですが、当時私は、確かに日本よりも中国にいる自分を「自由」だと感じたのです。

どうしてか自分でも不思議でした。

でも、理由のひとつはこういうところにあったのだと、後で振り返ってわかったのです。中国は、その大地の広さのように、受け入れてくれる懐も大きな国なのです。

さて、二つめの約束を無事取り付けることごができたところで、お昼を食べにGGの家へ向かいました。

つづく