「第1回 / 再会」で、息も絶え絶えスーツケースをひきずって・・・というくだりがありましたが、実はあれには後日談がありまして。
向かいに住む従姉妹に貸したスーツケースが返ってきたときのこと。
「なおちゃん、これ、コロコロが1個しかないからころがすのたいへんだったでしょ? ぼろくてごめんね。」 「へっ? ぜーんぜん。だってちゃんと2個あったもん。」
「げーっ、どこに?」 「ほら、ココ。」
「ほんとだあぁー! こんなところに隠れてるとは・・・読みが甘かった!」 「えっ、まりちゃん、まさか・・・知らなかったとか?」
「うん・・・そのまさか。」長きにわたって愚かで無駄な汗を流し続けたまりつ。
さて、夕方5時に北京を出発し2時間もたたないうちに、見覚えのある巨大な影が、闇の中で鈍い光を放って現れてきました。天津です。
国際飯店での待ち合わせは午後7:00でした。ところが、ごちゃごちゃと入り組んだ天津の道はやはりわかりにくく、約束の時間を少しオーバーしてしまいました。1Fのティールームに、黒い服で眼鏡をかけているというT公司のL氏らしき人がそこにいました。おそらく彼です。
彼のほうへ歩きながら、GGが私にささやきました。「もし彼から食事に誘われても、もう食べましたって言うんだよ。」
「うん。でも、どうして? おなかすいたんだけどな。」
「食事に同席するということは、一歩相手を受け入れることになるからだ。まだ相手が見えないうちは、要注意だからね。」
「はぁい。」郷に入りては郷に従え、素直な(?)まりつはちゃんと従います。
T公司と日本のS社がある提携契約をしているのですが、その契約に関して両者の見解の食い違いをS社の立場に立って是正し、さらにS社の新たな要求を通すというのが、天津での私の仕事でした。
彼は立ち上がり、にこやかに礼儀正しく挨拶してくれましたが、眼鏡の奥ではその瞳が冷たく意地悪そうに光っていました。日本に留学経験のある彼は日本語が堪能で、まりつの中国語より彼の日本語のほうがレベルが上です。(以下、彼との交渉はすべて日本語です。)
「どうです? 食事でもしながら話しませんか?」
「(そらきた!)いえ、ごめんなさい。私たち、すませてきてしまったんです(くーっ、つらいねぇ)。」
「そうですか。」
「あの、会社を案内していただけませんか。できればそちらでお話したいのですけれど。」 「ああ、いいですよ。」
本当に会社は存在するのかしら? この目で見るまではなにごとも信用ならないわ。刑事のごとき疑い深いオンナ、まりつ。が、法人用マンションのようなビルの一画に机や何台かのパソコン、応接用テーブルなどがあり、社長のM氏との会話や動作からすると、見たところ会社として機能しているようでした。
私たちはテーブルにつきました。まずLさんが、たまっていた怒りと不満を私にぶつけるかのように話し出しました。
自分たちの苦労と努力を理解しようともせず、S社は無理な要求をしてくるだけ。中国の事情をまったくわかっていない。自分はそんな契約をした覚えはない。いまさらこの契約がおかしいと言われても、そう簡単には変えられない。ウチがそちらに供給しているんだから、こちらに合わせてもらわないことにはお話にならないでしょう。はっきり言って、もうS社とは手を切りたいんですよ。でもそれではS社も困るでしょう?だいたいS社のMさんは・・・。
いかにも自信ありげな強い口調で(日本語を)まくしたてるLさん。彼や私にとっては親ぐらい年上のS社の責任者Mさんに対して、見下したような横柄な態度で悪口を羅列する彼が、私にはたまらなく不愉快に感じられました。
が、だまって聞いていました。ここで短気を起こしては、相手の思うツボです。その間、GGはといえば、社長のMさんと(モチロン中国語で)なごやかに話しています。私は、彼にしゃべりたいだけしゃべらせておこう、と思いました。そうしながら、彼の言葉の真意と意図を探ります。
ははーん。いかにも筋の通っていそうな理論で相手の無能さを非難することで自分が有能だと信じ込ませ、反論するすきを与えることなしに押しまくり、ついでにオドシも加えて、勢いで納得させようというのね。ふむふむ。自信過剰で傲慢なタイプの人にありがちなやり方だねぇ。それにしても上手な日本語だわ! まりつもこのぐらい中国語が話せるといいんだけど・・・。
彼のずる賢そうな瞳が、薄笑いを浮かべて私を見下ろしています。
それって、もしかしてワタシをばかにしてるってことなのね?でも、アナタがいくら中国はこうこうだと言っても、そう簡単にはだまされないわ。ワタシはアナタにウンと言わせるために、はるばる天津までやって来たのよ。思いどおりになると思ったら大間違いなのよ。
さあ、今度はワタシの番よ!
・・・とあいかわらず鼻息だけは荒いまりつ。しかし、この劣勢をどう乗り切るのか?なにか言い返せるか? 得策でもあるのか?そう言いたげな彼の余裕の笑顔が、私を追いつめてきます。
まりつ、早くもピンチです!
つづく