|
VOLVOは天津の中心をぬけていきます。
「きょう、彼が君と出会えたことは、君ではなく彼にとってトクだったんだよ。」 (疲れきったまりつの脳にややこしい話は、馬の耳に念仏だよ)
「?? どういう意味?」
「彼は君の力を知ったんだ。敵に回すとまずいってね。だから譲歩したんだよ。そしてなんとかして君といい仕事ができないかと持ちかけた。君と出会えてラッキーだと思ったんだ。」
(そんなにヨイショしてくれなくてもいいんだよ)
「私の力ってなに? ないよ、そんなもの。私をうまくだまくらかして、日本でひともーけってこと? まーったく、やることがきたないんだから。でも、その手には乗らないわ。」
「違う。彼はそんな馬鹿じゃない。君をだませないことぐらい知っている。君には相手の真意が見えてしまうし、中国を感覚で知っている。そして、中国人相手の交渉でもおじけづかない。彼にとってそれは脅威だし、同時にそういう日本人である君に近づいておくことは、ひとつのビジネス・チャンスなんだよ。」
(そこまで過大評価できるとは、GGもずいぶんとお気楽だよ)
「ビジネス・チャンス? まっさかぁ。それは笑っちゃうな。なんでそんなことがわかるの?」
「そりゃ、僕は中国人だもの、わかるさ。」
「だって、さっきはあそこには私しか言える人間がいないから、行政書士代表として宣伝しといたけど、"行政書士"は日本ではまだまだ知名度の低い資格なのよ。その中でも私は、小さな事務所しか持っていないただの駆け出しだし、貧乏だし、私に近づいてもなーんのトクもないんだけど。」
「君の資格はいろんなことができるだろう。それは強みだよ。さらに中国では、たとえ小さくてもね、自分の事務所を持って独立してやっているというのは、とても信用されるんだよ。とにかく行政書士というのは、中国にはない魅力的な資格だ。」
(それじゃ、まりつの名刺は水戸黄門の印篭だねっ)
「でも、彼には日本滞在中にできた日本人の知り合いもいるでしょうに。」
「いるだろうけど、中国人が日本で信頼できる有能な日本人と知り合うのは難しいだろうし、同じように日本人が中国でそういう中国人と知り合うのも難しい。」
「そしたら、ワタシはすごくラッキーなのね。GGという素晴らしい中国のお兄ちゃんがいて。」
「そう? ありがとう。うれしいよ。」
車は高速へ入ります。
「でもね、どっちにしても私は、善良ではないずるい中国人ならいらない。」
「ビジネスだよ。彼の人間としての善し悪しは、この際問題じゃない。ときとして能力だけをとることも必要だよ。彼が確実に業務を遂行すればいいんだ。」
「でも、結局は人間性の善し悪しがビジネスのいちばん重要な部分を決めていくじゃない。中国人でも日本人でも、善良な人は善良な人と結びついていくし、そうでない人はそうでない者同士結びついていく。私は善良な仲間だけを増やしたいの。能力が同じだった場合、最後に勝つのは、結局その能力を"善"に使える者なのよ。私は能力と人間性は別だとは思わない。人間性を伴わない能力は、しょせん見かけ倒しのニセモノよ!」
(おーおー、力こぶが入っているねぇ)
「そのとおりだ。おりこうだ。」
「別におりこうじゃないよ。すごく簡単で基本的なことだよ。それに、GGがそうおしえてくれたんじゃない。」
「僕はなにもおしえちゃいない。君は北京での経験から自分で感じ取ったんだ。だけど、それがわからない人間が、実際にはほとんどなんだ。だからこそ、感性で理解できることはひとつの能力なんだよ。」
(常に直感で動くまりつは、いつだって考えなしだよ)
高速の両側は、みごとなほどに何もありません。闇の中にただただ草むらや畑だけが広がっているだけです。人家も見えません。天津と北京の間には、こんなにも何もないのです。
「ねえ、GG。私ね、トイレに行きたいんだけどな、すっごく。」
「トイレ!? ばかな! 呆れたね! まりつ、なんで天津で行っておかない!?この高速にトイレがあると思ったのか!?」
(中国の高速はずいぶんと殺生なんだねぇ)
「うーん、あるとは思わなかったけど、だって・・・。」
めずらしくGGがこわい顔をしています。 (ここはおとなしくしておいて、同情を誘おうかねぇ)
・・・まりつ、切ない表情をして訴える。
「しようがない子だね! ここで降りて外でする? 見張っててあげるよ。」
「げーっ、イヤだ、そんなの、ぜーったい!」 (なーんてこと言うんだろうねっ、ヤマトナデシコに向かって!)
「じゃあ、がまんするしかないね。まーったくわがままだ。わかってると思うが、いまさら引き返せないからね。がまんするか、草むらか、どっちかだ!」
「冷たいね、意地悪だね。それでもGG(お兄ちゃん)なのかね。」 (さっきほめたのは取り消しだよっ)
「それとこれとは話が別だ。言っとくが、僕は冷たかないし意地悪でもない。」 「そうかねぇ。十分冷たいよ。氷のよーだよ。あとどのくらいがまんしなくちゃいけないんだい?」
「どのぐらいって、まっだまだだよ。ざっと1時間半だね。」
「そんなぁっ! がまんできないっ!」
「がまんするしかないだろう? 外ではいやだって言うんだから。大丈夫、まりつなら耐えられる!・・・そうだ、忘れてた。そんなことより、S女士(ニュィシィー:女性への敬称。"さん"の意)に連絡しなくちゃ。」
「連絡がついた。明日の午後2時、オリンピック・ホテルだ。」 (そうかい、どうでもいいよ、あたしゃそれどころじゃないんだよ)
青ざめた哀れなまりつを乗せて、VOLVOは闇の中を容赦なく走り続けます。 (だいたいねっ、中国政府のおじさんたち!高速にトイレぐらいつけてよねっっっっっっ!)
つづく
|