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いま、ようやっと、ようやっと、VOLVOが明宮ホテルの駐車場に帰ってまいりました!思えば1時間半。気の遠くなるような、長く苦しい道のりでした。
止まったぁーっ!
と、同時に勢いよくドアを蹴飛ばし、ころがるようにして飛び出してきたのは、まりつ選手。
顔面蒼白、ヒタイに脂汗、少々衰弱している様子ではありますが、最後の、最後の力をふりしぼり、スタートを切りましたっ!
ダーッシュ!!(陸上部できたえた足が鳴るよ!?)
夢にまで見たこの瞬間!会いたかったよ〜〜〜っ、べ×きちゃぁ〜〜〜ん! (ほーーーーっ・・・・・・、人生の解放感とはこのことだよ)
「やったね、生還おめでとう、まりつ!」
「わたしゃ中距離をしていたんだよ、忍耐力はぴかいちさ(?)」 (まーったく、拷問だったね、罪な高速だよっ)
「今度からはちゃんと行っておきなよ。まりつは近いんだから。僕も言うようにするから。悪かったね。」 「そうだよっ、みんなGGのせいだよ!
責任とっておくれっ!」あくたれるのはまりつの趣味。
「そうだね、じゃ、ごはんでも食べるとしようか。」
思わず顔がほころぶまりつ。 (くーっ、まりつを喜ばせるツボを心得てるたぁ、にくいねッ)
もう遅いので、すぐ隣の食堂で夕食をすませることにしました。夜中の1時半ですが、北京では、夜更けでも大衆食堂が開いています。そして、夜更けの食堂はといえば「あやしい人」たちの溜まり場です。私は以前、約束の場所に行くために、真夜中の北京をひとりで歩いたことがありますが、よい子のみなさまはどうぞまねしないでくださいね。いまは地元の男性でさえ、複数で歩いていても危ないこともあるくらいなのです。
いかにもやくざっぽいおじさん。その彼女なのでしょう。けだるい感じの朝鮮系の派手なお姉さん。ピンクや紫が乱舞しています。長い爪の先で煙草をくゆらせながら、携帯電話を握る手からもれる品のない中国語。
明日の仕事はないのか、仲間とビールを飲みながら、立ったり座ったり、ときには外へ出たり、大声で乱暴に話す男の人たち。
食事になんの思い入れもなさそうに、空ろな表情で箸をつついている猫背の初老の男性。
汚い紙袋を携え、目つきの悪いふたり連れの男性。ひそひそ、ごそごそ、なにかいけない取引の話でもしているのでしょうか。
そしてどの人たちも、ときどき私たちのほうに、ちらっちらっと目を向けます。
「失礼ね! なによ、ワタシはあやしいモノじゃないわ!」
でも・・・もしかしたら、明らかに地元の中国人と、明らかに中国人ではない私が夜更けの食堂に同席していることが、実はいちばんあやしいのかもしれません。日本人がこのような大衆食堂に、しかも夜更けに来ることはたぶんめったにないからです。大衆食堂の常連の私ですが、まだ一度も日本人に出会ったことがありません。日本人は中国のお楽しみをひとつ失っているような気がします。
あやしい中国人を、血の気の多いあやしい日本人まりつがにらみ返します。
「あやしいのはお互いさまよ!」
ところで・・・
Q どうして私はあやしい「日本人」であり、あやしい「中国人」とは思われないのでしょうか?
A 日本人が中国人をそう思うように、髪型や顔つき、格好、雰囲気が違うからだそうです。それなのに私は、中国で出会った日本人観光客に「アンタ、日本語うまいねえ。」と感心されたことがあります。
「あの、ワタシ、れっきとした日本人で、あの・・・」
「いやー、実にうまい日本語だよ、気に入った!」そう言って、おじさんは昔の思い出を語りはじめたのでした。
そうかといえば、日本で中国人に「中国人」と思われる(?)こともあります。中国語で話しかけてきたマレーシア系の小さな男の子に、中国語で答えたら、彼は同郷の友を見つけたとばかりに目を輝かせて言いました。
「ねえ、中国人なの!?」
「ふぉーほっほっほっほっ!」(そぉんなに中国語がうまいかい?)
バルタン星人のごとく不気味に笑うまりつ。
「ううん、日本人よ。」
誇らしげに、まりつ。この瞬間が快感だねー。
「な〜んだ、どーりで中国語がナマっていると思ったよ。」
吐き捨てるように、彼。子どもってゆーのは、なんて残酷な生き物なんだろうねっ!
つづく
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