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ただ、中国の子どもは、よその人からやたらにものをもらってはいけない、ほしがっていると思われることははずかしことだ、と小さいときからおしえられているのです。だから、こちらが「どうぞ」と言っても、三人はすぐには受け取らなかったのです。
そして、このとき私は、王さんの言った「中国の子は、たとえ1歳の子でも、よそへ行ったらちゃんとするようにしつけられている」という言葉を思い出しました。赤ちゃんだからよそでいたずらしてもしかたないと思っていた自分を、社会全体が子どもに甘い日本のしつけを、心から恥ずかしいと感じました。
またあるとき、この王さんと私と私の三人の子どもが、買い物へ行ったときのことです。うちの子どもたちが、デパートの入口のところでおいかけっこをして遊んでいました。
私は子どもたちを叱りましたが、いっこうに言うことをききません。まわりの外国人たちが見ています。王さんはこのときも私に言いました。「僕は、この子たちが自分の知り合いだと思われることが恥ずかしいよ。」と。
私は王さんに謝りました。そして、子どもたちに言いました。「日本を知らないすべての人たちが、私たちを見て日本を理解するのよ。あなたたちがきちんとしていれば、日本の子どもはいい子なんだな、と思うし、お行儀が悪ければ、日本の子どもはこんなふうに悪いのか、って思うのよ。私たちを通して、よその国の人は日本を見るのよ。小さくても、あなたたちは日本の代表なの。責任があるのよ。そう思ってこれからは行動しなさい。」
それは同時に、親である私自身に言い聞かせている言葉でした。
「ひとりっ子政策」の中国では子どもたちはみんなひとりっ子ですから、それなりにわがままです。でも、他人に対して礼儀正しくないこと、わがままにふるまうことは許されません。
何がいいか、悪いか、そしてがまんすることを親は赤ちゃんの頃から徹底的にしつけます。ちょっと昔の日本もそうでした。でも、今の日本の子どもたちはがまんすることを知りません。
今の日本のしつけは、子どもにとても甘いと思います。それは、私たち大人が自分たちに甘いことと同じです。一歩日本の外へ出てみると、それがよくわかるのです。
「親の顔が見たい」という言葉があります。まず親の責任ではありますが、しつけは親だけが負うものではなく、すべての大人によって、地域全体、社会全体で根気よく行われるべきものです。ウチの子さえよければいいのではなく、すべての子をよくする責任がすべての大人にあるのです。
いま、21世紀を目前にして、しつけというものを見直してみるときに、そのぐらいグローバルな気持ちで取り組んでいくことが大事なのではないでしょうか。
では、子どもであるみなさんはどうすればいいのでしょうか。大人に怒られるから、大人がうるさいから、お行儀のよいいい子にしなければいけないのでしょうか。違いますよね。
私たちはひとりで生きているわけではないのです。大勢の人たちの中で生活しているのです。たくさんの人が集まれば、何かルールがなければめちゃくちゃになってしまいます。また、それぞれが少し人の気持ちを考えたり、少しがまんすれば、その「少し」が「たくさん」になって、私たちの社会はもっともっと住みやすくなります。
そして、何をするのがよくて、何をするのがよくないのかは、小学生のみなさんでも簡単にわかります。自分がされたくないことは相手にもしない、自分がしてもらってうれしいことは相手にもしてあげる、ということですね。
「しつけ」とは、みんなが仲良く気持ちよく暮らしていくためのルールや人の気持ちを、大人と子どもがいっしょになって学ぶことです。
ですから、社会のルールを守るのは、大人に叱られないためではなく、またほめられるためでもなく、これが大きな和になることによって、日本、そして地球がうまく回っていくからなのです。みなさんひとりひとりがその大事な役目を果たしているのです。
今や日本は世界のリーダーです。世界中の人たちが、日本を見ています。ですから、「自分もその日本の代表なんだ」という大きな心を持ってほしいと思います。そうすれば、自分だけではなく、みんなが気持ちよくなるために行動することが、本当は一番気持ちがいいって自然にわかると思うのです。
自分以外の人たちのことをちょっぴり考えてみること、それが同じ地球で暮らす世界の人々を理解する一歩につながると思うのです。私は中国で暮らしてみて、自分の子どもへのしつけの甘さを反省するとともに、こんなことを学びました。
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