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6.北京っ子フー
2000/2/23

手のかかるぐうたらあくたれ兄貴ブーと、病弱で末っ子の赤ちゃんウーの間にはさまれ、しっかり者の長女フーは、なにかにつけあと回しにされがちな存在です。でも、私とともに北京滞在をいちばん楽しんだのは、三人の中ではきっとフーだと思います。

子どもは一般的に環境に対する順応性が高いものですが、やはり個人差があります。必ずしも異国での生活を楽しめるとは限りません。

そんな中でフーは、"中国"をそのまま受け入れることのできる子でした。どの場面を振り返ってみても、生き生きとしたフーがそこにいます。

まだ幼稚園にあがっていなかったおひまなフーは、いつも私たちを助けてくれる王さんをはじめとした中国人といっしょでした。一日の多くを日本人学校で日本語を使って過ごすブーにくらべ、日本語よりも中国語を聞く機会のほうが多かったフーは、たくさんではありませんが、覚えた言葉は正確に発音するようになりました。

ブーぐらいになって教科書を広げて習うようになりますと、言葉を理屈で考えてしまいます。逆にウーぐらいの赤ちゃんですと、インプットされているのでしょうが、アウトプットされるにいたりません。

そんな中でフーの年齢は、新しい言葉になじむのにちょうどよかったのだと思います。そして、中国と中国での生活、まわりの中国人が大好きだったフーの感性と性格もそれを手伝ったのかもしれません。

ある日、王さんと私の会話にフーが口をはさんできたときには、びっくりしました。おとなの話している中国語の内容が、フーには全部わかっていたのです。

ウーの入院などで、私たちはしょっちゅう中日友好医院に行っていたのですが、フーを見かけると、附属の看護学校の女の子たちが、体育の自習をさぼってワーッとかけよってきます。外国人であっても母親といっしょにいるフーに、彼女たちは警戒心を持ちません。

体育の授業は、フーひとり対先生30人ぐらいの幼稚園ごっこに、たちまち早変わりです。

日本語も必修の彼女たちは、初めは日本語で話しかけてくれるのですが、フーがカタコトの中国語を話せるとわかると、手をたたいて大喜びです。フーが中国語のカラオケを歌ったときなどは、合唱になってしまいました。たくさんのおねえちゃん先生に囲まれてのアイドル状態に、フーはしごくご満悦です。

純でやさしく、朗らかで溌剌とした彼女たちとの楽しいひととき。そのうちのひとりの女の子がくれたマスコットのコアラを目にするたびに、なつかしさで胸がいっぱいになります。

ウルムチの少女ミザとフー
《ウルムチの少女ミザとフー》

その中日友好医院の近くに、ウルムチ料理のお店がありました。そこには、6歳ぐらいの女の子が家族・親戚とともに住んでいました。

彼女の名前はミザ。でも、北京語はほとんど話せず、ウルムチの言葉を使っているようでした。ミザは、よくおうちのお手伝いをして、お父さん、お母さんを助けていました。ミザは、こちらが話しかけてもただはにかむだけのおとなしい女の子でした。

同じ年頃の友だちのいないミザにとって、フーはちょうどいい遊び相手となりました。言葉の通じないことなど、彼女たちにはたいした問題ではありません。くったくのないふたりの笑顔に、私は国際交流というものの原点を見たような気がしました。

そんなフーですから、春になったら中国の幼稚園に入れるつもりでした。けれども、思いがけず早い帰国となり、その機会を失ってしまったことが残念でたまりません。

3歳から4歳にかけての短いいっときを過ごしただけの北京ですから、細かい記憶はだんだんと薄れていくことでしょう。そしてこれくらいの子は、言葉を覚えるのも早いですが、忘れるのもあっという間です。

けれども、中国でのたくさんの出会いは、幼い記憶のどこかに残って、無意識のうちにこれからもフーに語られ続けていくことでしょう。そして彼女が成長したとき、再び彼女の中で鮮やかに呼び覚まされる日がくるような気がしてなりません。

フーをはじめ、いつかきっと訪れるであろう子どもたちの中国に対する思いに応えてあげること、半年間の経験を一生につなげてあげることが、21世紀の国際社会を生きていく彼らへの、親としての役目だと思っています。

そのためにも私は、より多く、より深く中国にかかわっていきたいと思うのです。

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